Mine秋吉台ジオパーク

Mineのジオサイト

東部エリア

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拠点施設 A.長登銅山文化交流館(大仏ミュージアム)

この施設では、銅鉱床のでき方や銅鉱石について学ぶことができます。また、発掘調査で出土した木簡や製錬関係の遺物、銅鉱石から作った岩絵具(緑青)およびその製造器具などを展示しています。

  • ・開館時間:9:00~17:00
  • ・休館日:毎週月曜日及び年末年始(12月27日~1月4日)
  • ・入館料:高校生以上 300円、小中学生 150円、小学生未満 無料
  • ・住所:〒754-0213 山口県美祢市美東町長登610
  • ・電話番号:08396-2-0055

ジオサイト 1.長登銅山跡ながのぼりどうざんあと

長登銅山は、約1億年前に秋吉台の石灰岩とマグマが反応してできた銅を、古代から現代まで断続的に採掘した場所です。調査の結果、採掘された銅は東大寺の大仏に使われ、長登銅山は日本最古の国営銅山であると判明しました。発掘調査では多数の遺物や遺構が検出され、その一部は長登銅山文化交流館(大仏ミュージアム)に展示してあります。

ジオサイト 2.大田・絵堂戦役諸隊本陣跡(金麗社)おおだ・えどうせんえきしょたいほんじんあと

大田・絵堂戦役諸隊本陣跡は、江戸時代の終わりに起きた長州藩内部の戦いの際に、高杉晋作や山縣有朋、伊藤博文らの諸隊が陣を置き、作戦会議や戦勝祈願を行った場所です。美東町大田地区の町筋北側にあり、現在は金麗社という神社があります。

ジオサイト 3.呑水のみずだお

呑水垰は秋吉台の南東部に位置し、江戸時代の終わりに起きた長州藩内部の戦いである「大田・絵堂の戦い」の際に激戦地となった場所として知られています。現在は、それを記念した石碑が垰の一角に建てられています。

ジオサイト 4.絵堂戦役記念碑えどうせんえききねんひ

絵堂戦跡記念碑は、幕末の1865(元治2)年1月にあった長州藩内部の戦い「大田・絵堂の戦い」における美東町絵堂地区での開戦を記念して、1926(大正15)年に建てられたものです。この場所には、萩政府軍の本陣となっていた旧柳井邸の門も移設してあります。

ジオサイト 5.川上の記念碑・萩政府軍の墓かわかみのきねんひ・はぎせいふぐんのはか

川上の記念碑は、秋吉台の東縁に近い美東町大田地区にあります。江戸時代終わりに起きた長州藩内部の戦いである「大田・絵堂の戦い」の際に、激戦地となった大木津・川上口での戦いを記念して建てられました。記念碑の南方には、萩政府軍2名の墓もあります。

ジオサイト 6.赤間関街道中道筋あかまがせきかいどうなかみちすじ

赤間関街道中道筋は、長州藩の政治の中心であった萩と、商業で栄えた下関とを最短距離で結ぶ、江戸時代の重要な街道でした。吉田松陰など維新の志士たちも多く通行しました。秋吉台周辺では、石灰岩の石畳など当時の様子を見ることができます。

ジオサイト 7.二反田溜池(カキツバタ群生地)にたんだためいけ

二反田溜池は、湿地帯特有のカキツバタなどの約15種類の自然植物が群生し、学術的に貴重な場所です。国内のカキツバタは絶滅の危機に瀕していますが、二反田溜池では地域住民が「カキツバタを守る会」を立ち上げ、草刈り・清掃などの保全活動を行っています。

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